すべてを「広告」で説明するのは違和感あり
マルクスはすべてを経済で説明しようとし、天野祐吉はすべてを「広告」で説明しようとしている。……ように思われる。 著者が朝日新聞に連載している「CM天気図」では、話題のCMを扱うだけでなく、政党の国会質問や記者会見なども広告的見地から解剖していて、毎週楽しみにしている。 本書ではこの手法を歴史上の森羅万象に拡張しているが、さすがに一つの視点で何でも説明しようとすると無理が出てくる。 例えば、キリストの広告手法として有言実行が挙げられている。政治家に聞かせてやりたいような大切なノウハウだが、キリストの場合の有言実行とは“奇跡を起こすことを宣言し、実際に奇跡を起こしてみせる”だそうな。「え〜、キリストって広告のために奇跡を起こしたの?」と違和感を感じる。 そうなのだ。広告を第一に考える信仰者なんてウサン臭いのだ。キリストをウサン臭いと言っちゃっていいのかな〜、というのが違和感の原因らしい。 「人間なんて一皮剥けば欲とカネ」という某週刊誌の編集方針を聞いたことがあるが、そんなお下劣な人間観で書いた記事は読みたくない。 天野さんも「人間の営みはすべて広告である」と割り切り過ぎるのは良くないですよ〜。……なんて言うと、天野さんに「お遊び、お遊び。そんなに目くじら立てないの」と言われてしまいそう。 確かに、お遊びとしてはすごく面白い一冊でした。
広告の技術を広告する本
人を魅了するには、それ相応の技術がいる。広告の目的は、より多くの人気を集めることだ。ゆえに、この広告の世界史の本は、他人から好意的に注目されるためのテクニックを知るための、技術史である。もっとも、広告の長い歴史を考えれば、この短い選書は早回しのダイジェスト版だ。が、天野氏の選択の仕方は趣味がいい。このくらいの簡潔さが適当だ。コラム調の歴史書である。 著名な宗教家や特異なイベント仕掛け人、カリスマからペテン師までが、次々に登場する。彼らがいかにして自分の「商品」をメガ・ヒットさせたのかが、平易に解説される。その解説は、理屈よりもアイデアのおもしろさを優先させているので、こじ付けめいている部分もある。しかし、天野氏のレトリックは、無理を道理にかえる。彼の文章は、いわば広告的なのだ。
うまい論法
歴史上の著名な人物を広告が上手かったという視点で列伝するこの 「いかがわしさ」も天野祐吉さんに掛かれば「そうかもしれない」 と思わせるのがさすが。 その当人達の「広告観」や「広告についての記録」など全くないの が残念だが、読み物と考えれば、そんなものはなくとも説得力は秀 逸。 「広告について社会に影響を与えた名著列伝」には間違いなく入る と思う。
絶対読むべし!
偶然にして同じ苗字の天野祐吉さんの「私説 広告五千年史」。すごく面白い!キリストやルイ14世までもが天野祐吉氏にかかると、広告作りの天才だなんて、本当に、目からうろこの本です。空海、一遍、秀吉、人類史上の「広告名人」たちのテクニックがわかる、すごい本だわ!歴史をあまり知らない私も、もう一度歴史の勉強になったし、なるほど、なりほど。と、うなる所が満載でした。天野祐吉さんって本当に広告の事をよく知ってるな。さすが!と尊敬しなおしました。広告界のドンは、やはり天野祐吉さん以外にありえませんね。
新潮社
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